何もしないことによって、すべて行うことができる。(第四八章)
この「何もしない」という表現は、かなり長いあいだ西洋の人たちを混乱させてきました。そして、その混乱は今でも続いています。
問題は、「本当に、『何もしない』などということができるのか?」ということ。
文字通りにとれば、それは「ノー」です。
私たちは生きていますよね。
それだけで、すでに、「何もしない」以外のことをしています。
しかし、東洋哲学の精髄を本当に理解する人にとっては、「イエス」です。
それは、「すべてを受け入れる」ということを意味します。
これなら、できますよね。


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