今日の老子
無為をなす。(第六三章)
東洋思想に何らかの答えを求めようとするとき、このような矛盾に直面してちょっとうんざりしませんか?
どうか、ちゃんと教えてくれない老子や禅師らをゆるしてあげてください。彼らが悪いんじゃないんです。ただ、正直にやろうとしているだけなんです。
英語と原典との間には、言葉の壁があるだけじゃなく、時間の経過というものもあります。(原典と、現代の日本語とのあいだも同様だと思います)
ですから、学問と呼ぶにはちょっと大胆すぎる「解読」も時には必要となります。
実生活で老子の教えを生きるためには、必要なんです。
上記の一行は「すべてをそのまま受け入れる」と読みます。
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