2008年12月30日火曜日

無仕事

今日の老子

無仕事という仕事をしろ。第六三章


老子は、仕事というものに反対なわけではありません。

ここで言う「仕事」とは、「干渉」のことです。

では、「無干渉で干渉しろ」とは、どういう意味なのでしょう?

老子は、干渉を禁じているのでしょうか?

それは、イエスでもあるし、ノーでもあります。

イエス。直接に干渉する意味では、禁じています。干渉をすべきではありません。

ノー。タオによってという意味では、干渉を禁じてはいません。

あなたのホログラム(すなわち、この世界)に干渉しないことによって、影響を与えることができるのです。

それは、玄牝(げんぴ)と呼ばれます。


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2008年12月29日月曜日

短さなどない

今日の老子

短さと長さは、逆がなければ話にならない。第二章


今の中国には、手術で脚を長くする女の子たちがいます。

昔の中国には、纏足で足を小さくした女の子たちがいました。

今の日本には、整形で目を大きくする女の子たちがいます。

昔の日本では、目の細い女性が美しいとされていました。

西洋では、禅やタオイズムに興味を持つ人がだんだん増えています。

東洋では、白いキリスト教のウェディング・ドレスで結婚式をあげる女性がだんだん増えています。


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2008年12月26日金曜日

話す者は

今日の老子

話すものは、知らない。第五六章


近頃、皆、話しすぎます。かつて、沈黙は金でしたが、今は何か良くないもののようです。

この名言には、解釈の必要はありません。

分析のし過ぎは、ものごとをこんがらがらせるだけです。

老子はあまり多くを語りません。

道元は多くを語ります。


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2008年12月25日木曜日

フィールド

今日の老子

タオは無を通して働き、手に取ってさわることはできない。第四章


量子力学がタオイズムを理解するための助けになることが、時にはあります。

例えば、タオは、「場の理論」にそって理解することもできるでしょう。

電磁場や「ゼロ・ポイント・フィールド」といった言葉を「タオ」に換えてみると、その働きを理解するのがずっと楽になります。

しかし、自分のまわりに「絶対的な世界」があるという考えに固執するなら、そういった理論は百害あって一利無しです。


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2008年12月24日水曜日

名前はない

今日の老子

名づけられないものは、天と地の始まりである。第一章


タオが何であるか、定義することはできません。「それ」に名前をつけた瞬間に、それは他のものへと変わってしまいます。

でも、「タオ」という言葉は使わせてくださいね。

でないと、何も話ができなくなってしまいます。

たぶん、それが大切なことなんです。何も話さないほうがいいんだと思います。話しても無意味なんです。

しかしながら、とても愚かな希望をもってしまいます。あなたに何かを告げたいという愚かな希望です。

上記の文は、「タオは、あなたのホログラムのもとだ」と読んでください。


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2008年12月23日火曜日

刺激はいらない、原則的には。

今日の老子

欲をかき立てるようなものを見なければ、人の心に波風は立たない。第三章


今日までのところ、第三章の最初のみっつの文がアップされています。

それを解読すると、以下のようになります。


物事を知的に分析しなければ、二見によって苦しめられることはない。

ホログラムを己の利益のために変えると、その意図は逆に働く。

自分の欲は己のものではなく、山河大地どうようただの触媒(きっかけ、契機)にすぎぬと知れば、それが満たされぬときも、不満を覚える必要はない。


Tao Te Ching Decoded の目的は、老子の文章を学問的に分析することではなく、人生の安らぎを必要とする人に「道徳経」の精髄をお届けすることにあります。

日本での笑い話にニヤリとしていただけるならば、筆者にとってこの上ない幸せです。

「原則的に、刺激はいりません」が、ちょっとくらい笑っても罪はないと思います。


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体、たましい、タオ。

今日の老子

そして、魂と魄をタオと一つにしたまま保っておけるか?第十章


昔、中国の人たちは、肉体が滅びると、魂は天に、魄は大地に、それぞれ向かうと考えていました。

昔からの言い伝えは、いつもいつも、良き教えへと導いてくれるというわけでもありません。

ここに、心と体の二見がうかがえます。(『二見』・・・二つに分割する考え。「判断」して、断ち切ってしまうこと。)

心と体は、別なものなのでしょうか?

もし、そうだと思えば、それはそうなります。しかし、そう考えてしまうと、玄同するのが、ちょっと難しくなります。


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2008年12月22日月曜日

謎を解読

今日の老子

無為をなす。第六三章

東洋思想に何らかの答えを求めようとするとき、このような矛盾に直面してちょっとうんざりしませんか?

どうか、ちゃんと教えてくれない老子や禅師らをゆるしてあげてください。彼らが悪いんじゃないんです。ただ、正直にやろうとしているだけなんです。

英語と原典との間には、言葉の壁があるだけじゃなく、時間の経過というものもあります。(原典と、現代の日本語とのあいだも同様だと思います)

ですから、学問と呼ぶにはちょっと大胆すぎる「解読」も時には必要となります。

実生活で老子の教えを生きるためには、必要なんです。

上記の一行は「すべてをそのまま受け入れる」と読みます。


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魂なんか、ちっとも気にならなかった学生時代の物語をぜひご覧ください。

2008年12月21日日曜日

話さない

今日の老子

知る者は、話さない。第五六章


説得力なんてなくていいんです。おしゃべりでなくていい。

この一文は、昔ながらの「沈黙は金」という教えのようですね。

それで、充分。

でも、この単純な言葉の裏側には、より深い意味があります。

老子が言いたいのは、「もしタオがどう働くのかを知っていたら、口を開いて、目の前で起きていることにちょっかいを出そうなんて、決して思わない」ということです。

ただ、そのまま放っておくのです。

それが、玄同への第一歩です。

(訳注 「玄同」とは、タオと一つになることです)


魂(こん)と魄(はく)

今日の老子

魂と魄を一つにし、タオとともにいることはできるか?第十章


これは、タオに至るための、ある呼吸法だという人もいます。(ちなみに、魂<こん>は心のたましい。魄<はく>は体のたましい。人間の死後、魂は肉体を離れ天へ、魄は地へ向かうと言われています)

深呼吸は、世の中の煩わしさを忘れ、肉体という意識を取り戻してくれます。

ある程度までなら、それはいいことなのですが、肉体を過剰に意識することは、望ましいことではありません。

まわりの社会や自分の心同様、体は山河大地だ(つまり、ホログラムだ)と道元は言います。

老子も彼に賛成だと思います。


2008年12月20日土曜日

簡単などない

今日の老子

困難と容易は、互いを必要とする。第二章


あまりに当たり前すぎて、これについて、きちんと考えたことがありませんよね。

でも、これは、どういう意味なんでしょう?

これは、あなたがいましていることを簡単か難しいか判断するのは、自分だということです。

だから、判断することをやめてしまえば、すべては「簡単」になる。いやあ、そうはいきません。だって、「簡単」ということも、「難しさ」といっしょに消えてなくなってしまうからです。

言い換えれば、判断することをやめれば、すべてはありのままになるということです。


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「はい、一丁あがり」おいしいモヒートの作り方です。

2008年12月19日金曜日

言葉は充分ではない

今日の老子

もしタオにについて語ることができたら、そのタオは本物のタオではない。第一章


言葉はタオを語るのには適していません。でも、タオについて語りたい時は、どうしたらいいんでしょう?

あなたとタオについて語り合いたいです。

あなたにとって、タオとは何ですか?

「私には、タオなんか関係ありません」と,あなたはおっしゃるかもしれない。

しかし、「道」という言葉がついたスポーツに興味はありませんか?

「道」というのは、タオのことなんです。

ですから、あなたが柔道をなさっているなら、知らないうちにタオを実践しているんです。


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「サーフ・ボードは、サムライの刀だ」 本当でしょうか? こちらからどうぞ。

減らしに減らす

今日の老子

減らしに減らす。

そして、最後は何もしない状態に至る。第四八章


ただ減らすというだけでは、充分ではないんでしょうね。老子は、減らしたあとに、また減らすことを勧めます。

タオを行うとき、何かを貯めたりはしません。(「減らす」参照)

経験や知識のようなものを蓄積するのは、「無能」以下と考えられています。

結果的に、「ものごとをそのままなんでも受け入れる」という状態に至ります。どんなにひどいものであっても、すべてを受け入れるのです。

その状態は、悟りとも呼ばれます。


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波の上下動は、生きることの上下動も教えてくれるのでしょうか? 海のブログへは、こちらから。

2008年12月18日木曜日

「ふいご」って、ホログラム?

今日の老子

天と地のあいだは、まるで「ふいご」のようではないか?第五章


老子は、「ふいご」(蛇腹になった昔の火をおこす道具)という言葉を、ホログラムについて伝える喩(たと)えとして選んだのでしょうか?

そう思います。

ホログラムという概念の助けなしで、頭の中に投影された世界を説明するのは、きわめて難しかったに違いありません。

個人的には、この概念こそが禅とタオイズムをつなぐ失われたリンクだと思っています。

日本の禅師・道元は正法眼蔵という膨大な書を残しています。では、「正法眼蔵」とは、どういう意味なのでしょうか?

「正法」は、«正しい教え right teaching»。「眼」は、«目 eye»。「蔵」は、«倉庫 storage»。

「目の倉庫」?

これをホログラムと解釈しては、誤りでしょうか?

ここにおいて、道元が軽蔑したタオイズムと、禅師自身が手をつなぐことになります。

禅師の書は、「頭の中のホログラムについての正しい教え」と訳せそうです。


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早稲田の学生も、こんな感情を女の先輩に対していだくのでしょうか? いかがですか?

2008年12月17日水曜日

珍しいコイン

今日の老子

もし珍しいコインをありがたがらねば、人は盗みをしないだろう。第三章


珍しいものに人がいかに魅入られてしまうか考えてみると、ちょっとぞっとします。

市場に出回る盗品の数を考えてみると、コレクションという人間の不思議な習性は、人のためになると言うよりは、どうやら害になるもののようです。

冬のために穀物を洞窟にため始めたころから、何かを集めるという行為は人間の本能の一部になったのでしょう。

まわりを見渡せば、この世は、私たちを生かすことぐらい喜んでしてくれるのがわかるとおもいます。

ただ、私たち自身の恐怖だけが、来るべき辛い日々への準備をさせるのです。


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アフリカでの愛の行為は、病気との戦いでもあります。くわしくは、こちらより。

2008年12月15日月曜日

真の英知

今日の老子

賢者には,情けはない。

すべてをわらの犬のように扱う。第五章


「わらの犬」については、Tao Te Ching Decoded の同名の章で詳しく扱っています。

これについては「荘子」がその書の中で丁寧に説明しており、それを読むと日本の正月の輪飾りのことを思わずにはいられません。

日本の小さな神々は、どういうわけか家の隅っこ、特にトイレとか台所の隅とかが好きなようです。

そういった場所には、輪飾りをお供えし、家内安全を願います。

ひとたび正月が明けると、「荘子」が語るように、飾りは捨てられます。

それは、再生と新生を象徴するのです。

深すぎる情けは、自然な再生の成り行きを妨げます。賢者はそれを好みません。


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波は、何千キロも旅をして後、砕けます。波と旅のブログは、こちらから。

2008年12月14日日曜日

すべてと無

今日の老子

まったくもって、すべてと無は互いに互いを生み出すのである。第二章


さて、今回はついに、「無とは、すべてである」という東洋の謎がやってきましたね。

それを口にする人はいても、本当はどんな意味なのか教えてくれる人はいません。

「すべて」という言葉をホログラムに、「無」という言葉をエネルギーに置き換えてみてください。

上の文は、「ホログラムとエネルギーは互いに互いを生み出す」となります。

少しは簡単になりましたか?

「老子」を読み解く上で、「ホログラム」という言葉は、大切な鍵になります。

老子や、道元のような禅師らは、「ホログラム」という言葉を使わずに、よくタオのメカニズムが説明できたなとつくづく思います。


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2008年12月13日土曜日

穴をふさげ

今日の老子

穴をふさげ。

門を閉じよ。第五六章


「見ざる、聞かざる、言わざる」老子はそう言いたいのでしょう。

これを聞けば、やはり日光・東照宮の三匹の猿を思わずにはいられません。

これは、英知なのでしょうか、それとも単なる勇気のなさなのでしょうか? (西洋の人にとっては、たいてい後者にあたります)

老子は、明らかに、行動することや意見をはっきり示すことは、ちっとも解決に結びつかないと、考えています。

「穴をふさげ。口を閉じろ。テレビを消して、世界の派手な出来事なんかに耳を傾けるな」と老子は言います。


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銀座でばか騒ぎをしたあの頃に戻りませんか? こちらより、どうぞ。

2008年12月12日金曜日

情けはいらない

今日の老子

天と地には情けの気持ちはない。

すべてをわらの犬のように扱う。第五章


じつは、ずっと、この章について皆さんのご意見をうかがいたいと思っていたです。昨日やっと五章をタイプし終えて、それがかないました。なにぶん、複数のサイトを一人で管理しているので、どうしても人手が足りず、記事の更新が後手々々となってしまいます。申し訳ありません。

この一説に関して、どう思われますか。この「わらの犬」という言葉は、映画監督サム・ペキンパーの琴線に強く触れたのでしょう。彼は、ダスティン・ホフマンと一緒に同名の映画を作っています。

情けというのは、自分勝手なものです。タオは、そういった「えこひいき」のある行為を好みません。

たとえそれが、人の道に外れた、どんなにひどい男であっても、太陽はその光をふりそそぎます。


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2008年12月10日水曜日

始まり

今日の老子

名前をつけられないものが、天と地の始まりである。第一章


名前をつけることのできないエネルギーが、物という存在の源です。

すごいですよね。原子や分子(や量子力学)といった概念の助けなしに、老子や当時の思想家たちは、この考えに至ったわけです。

いや,もしかすると、その逆で、現代に生きる我々が、こんな簡単なことを知らないのかもしれません。

この老子の一文は、ホログラムという視点から解釈することも可能だと思います。

天と地というものは、実は、我々の頭の中に投影されているのです。


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2008年12月9日火曜日

判断をするな

今日の老子

人は皆、何が美しいか知っている。しかし、それはまさに醜い。

人は皆、何が善か知っている。しかし、それはまさに悪だ。第二章


どうでしょう? これは、つくづくそう思いますよね。ここで老子は、判断というものが実に自分勝手にされるのだということを言っています。

善し悪しを判断すれば、必ず不満が生じます。良いとか悪いとかいう考えを捨てれば、すべては素晴らしいのです。

「でも、待ってよ。美人は、やっぱり、美人でしょ!」

なんて、おっしゃる方がいるかもしれません。

さて、奇麗とか奇麗じゃないなんて、そんなに絶対的なものでしょうか?

TAO TE CHING DECODED の「鏡よ、鏡よ、鏡さん」という章に、美人とはほど遠いひとりの日本人の女の子が、ロンドンのナイト・クラブでもてにもてたという話を載せてあります。


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バブル時代のおとぎ話へは、こちらからどうぞ。

2008年12月8日月曜日

天の門

今日の老子

天の門が開いたり閉じたりします。

あなたは牝を行えますか? (第十章


なぜそれは開いたり閉じたりするのでしょうか? 天は誰が入れて誰が入れないのか選んでいるのでしょうか?

これはハラに関係した呼吸法だという人もいます。

二番目の分は、ずっと謎めいています。あなたの解釈はいかがですか?

(ここは、英文にはないのですが、実は、これは「玄牝」という老子独特の技術なのです)


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減らす

今日の老子

人は学ぶとき、毎日その知識を増やしていく。

人がタオを行うとき、毎日すべてを減らしていく。 (第四八章


タオイズムでは、蓄積する代わりに、減らしていきます。

減らすことは、蓄積するよりもずっと重要なのです。ちょっと、部屋の片付けに似ていますね。

とにかく捨てなくてはいけません。まったく不必要なものを、私たちは持ちすぎています。


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インテリはいらない

今日の老子

もし人がインテリを偉いと思わなければ、言い争いはなくなるだろう。第三章


知識というものは、ビールのジョッキ中の澱(おり)のようなもの。老子は、そんなものはいらないと思っていました。

知識なんていうものは、どんどん減らしていって、もうものを知るなんてことがどうでも良くなったらしめたものです。

白痴とは、神秘に包まれること。

実は、そうなってこそ、物事を変えることができるんです。

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