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2010年6月10日木曜日

愛に説明なし

すべては巡りますが、愛する人は説明をしません。(第二章)

2009年5月17日日曜日

前と後

今日の老子

前と後は、交互にやってくる。(第二章)


整形美容の広告には、整形前と整形後の写真が載っています。

前には、後が続きます。

広告が、絶対に言ってくれないのは、「後のあとには、前がやってくる」ということです。

本質的なものは、痛い手術のあとにも、変わらないということ。

陰陽の輪は、それを教えてくれます。

2009年5月15日金曜日

低さなどない

今日の老子

高さと低さは、互いに互いが必要です。(第二章)

2009年5月13日水曜日

短さなどない(再)

今日の老子

長さと短さは、互いに互いが必要です。(第二章)

2009年5月12日火曜日

難しさと容易さ

今日の老子

難しさと容易さは、互いに互いを必要とします。(第二章)

2009年5月11日月曜日

すべてと無(再)

今日の老子

まったくもって、すべてと無は互いに互いを生みだすのである。(第二章)


本日は、英語版で、昨年末の記事にビデオを作成しました。

よって、日本語版でも、同記事の再録となりました。

2009年1月27日火曜日

わざとか、偶然か?

今日の老子

わざと出す声と、偶然の物音は、互いに調和する。(第二章)


結局、「わざと」することと、「偶然に」起きることに、違いはないのです。

「偶然」というものは、人生にありません。

それは、責任のがれのための、どうしようもない言い訳です。

あなたは、すべてを生みだしています。



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–すべてと無
–簡単などない
–短さなどない
–卑(いや)しいものなどない



「今日の老子」英語サイト Tao Te Ching Decoded blog では、ビデオにて朗読しております。よろしければぜひ御覧ください。

2009年1月21日水曜日

卑(いや)しいものなどない

今日の老子

気高(けだか)いものと卑(いや)しいものは、互いに互いが必要だ。(第二章)


良いとか悪いとか言わなければ(「二見」がなければ)、ものごとは完璧なのです。

誰かをさげすむ必要はありません。

誰かを恐れる必要もありません。



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小説「完璧な時代」の、おバカさんな登場人物たちに、「老子」を読ませたいです。

2008年12月29日月曜日

短さなどない

今日の老子

短さと長さは、逆がなければ話にならない。(第二章)


今の中国には、手術で脚を長くする女の子たちがいます。

昔の中国には、纏足で足を小さくした女の子たちがいました。

今の日本には、整形で目を大きくする女の子たちがいます。

昔の日本では、目の細い女性が美しいとされていました。

西洋では、禅やタオイズムに興味を持つ人がだんだん増えています。

東洋では、白いキリスト教のウェディング・ドレスで結婚式をあげる女性がだんだん増えています。


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English 道徳経サイト


学生時代の馬鹿馬鹿しい生き方を、ちょっと思い出してみませんか? あの『完璧な時代』を。

2008年12月20日土曜日

簡単などない

今日の老子

困難と容易は、互いを必要とする。(第二章)


あまりに当たり前すぎて、これについて、きちんと考えたことがありませんよね。

でも、これは、どういう意味なんでしょう?

これは、あなたがいましていることを簡単か難しいか判断するのは、自分だということです。

だから、判断することをやめてしまえば、すべては「簡単」になる。いやあ、そうはいきません。だって、「簡単」ということも、「難しさ」といっしょに消えてなくなってしまうからです。

言い換えれば、判断することをやめれば、すべてはありのままになるということです。


English 道徳経サイト

「はい、一丁あがり」おいしいモヒートの作り方です。

2008年12月14日日曜日

すべてと無

今日の老子

まったくもって、すべてと無は互いに互いを生み出すのである。(第二章)


さて、今回はついに、「無とは、すべてである」という東洋の謎がやってきましたね。

それを口にする人はいても、本当はどんな意味なのか教えてくれる人はいません。

「すべて」という言葉をホログラムに、「無」という言葉をエネルギーに置き換えてみてください。

上の文は、「ホログラムとエネルギーは互いに互いを生み出す」となります。

少しは簡単になりましたか?

「老子」を読み解く上で、「ホログラム」という言葉は、大切な鍵になります。

老子や、道元のような禅師らは、「ホログラム」という言葉を使わずに、よくタオのメカニズムが説明できたなとつくづく思います。


English 道徳経サイト

日本語のプロフィールはこちらをごらん下さい。

2008年12月9日火曜日

判断をするな

今日の老子

人は皆、何が美しいか知っている。しかし、それはまさに醜い。

人は皆、何が善か知っている。しかし、それはまさに悪だ。(第二章)


どうでしょう? これは、つくづくそう思いますよね。ここで老子は、判断というものが実に自分勝手にされるのだということを言っています。

善し悪しを判断すれば、必ず不満が生じます。良いとか悪いとかいう考えを捨てれば、すべては素晴らしいのです。

「でも、待ってよ。美人は、やっぱり、美人でしょ!」

なんて、おっしゃる方がいるかもしれません。

さて、奇麗とか奇麗じゃないなんて、そんなに絶対的なものでしょうか?

TAO TE CHING DECODED の「鏡よ、鏡よ、鏡さん」という章に、美人とはほど遠いひとりの日本人の女の子が、ロンドンのナイト・クラブでもてにもてたという話を載せてあります。


English 道徳経サイト

バブル時代のおとぎ話へは、こちらからどうぞ。